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那覇地方裁判所 平成10年(行ウ)3号 判決 1999年3月16日

沖縄県中頭郡北中城村字島袋一二一六番地A-三〇

原告

仲俣明夫

沖縄県沖縄市仲宗根町六番一一号

原告

島袋ゆう子

沖縄県沖縄市胡屋一丁目五番一二号

原告

仲俣弘行

右三名訴訟代理人弁護士

新垣勉

沖縄県沖縄市字美里一二三五番地

被告

沖縄税務署長 屋宜紀義

右訴訟代理人弁護士

渡嘉敷唯正

右指定代理人

和多範明

世嘉良清

安里光史

松尾啓一

外間克己

富村久志

古謝泰宏

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、亡仲俣好子(以下「亡好子」という。)に係る平成六年一二月二七日付の平成二年分所得税の更正請求に対し、平成七年六月五日付で原告らに対してした更正すべき理由がないとの処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告らが、「亡好子は、平成二年一二月二八日から平成三年二月四日までの間に盗難の被害に遭っていたにもかかわらず、これを雑損控除の対象とせずに過大な確定申告をしていた。その後、亡好子は、右損害を雑損の対象にすべく、更正の請求を国税通則法二三条一項所定の期間経過後にしていたところ、原告らは、亡好子死亡後、被告から右期間徒過を理由に本件処分を受けた。しかし、右被害事実に関しては、右期間内に刑事事件の有罪判決が確定しておらず、このことは同条二項一号又は同項三号及び同法施行令六条一項三号に該当するから、本件処分は右各号に違反する違法な処分である。」として、右処分の取消を求めた事案である。

一  前提事実

1  亡好子は、平成二年分の所得について、確定申告書に分離課税の長期譲渡所得の金額を金六五二〇万二二八一円、納付すべき税額を金一四二一万三〇〇〇円と記載し、雑損控除額欄を空欄にして、申告期限までに沖縄税務署に提出した。

2  亡好子は、平成二年一二月二八日から平成三年二月四日までの間に合計金四九八四万七八二九円の盗難の被害に遭っており(以下、右被害事実を「本件被害事実」という。)、これを平成二年分の所得の雑損控除の対象とすべく、平成六年一二月二七日、被告に対して、国税通則法二三条二項に基づいて、雑損控除の額を金四三二二万七五九九円(甲二)、納付すべき税額を金四三二万四八〇〇円とする更正の請求(以下「本件更正請求」という。)をした。

3  亡好子は、平成七年二月七日死亡し、原告らが亡好子を相続した。

4  被告は、同年六月五日、本件更正請求に対して、本件処分をした。

5  原告らは、同年七月一八日、本件処分に対する異議申立てをしたが、被告は、平成八年一月一八日付で、右異議申立てを却下する旨の決定をした。そこで、原告らは、平成八年二月一四日、国税不服審判所長に対して審査請求をしたが、右審査請求は、平成一〇年二月二七日付で棄却された。

6  納税者は、納税申告額が過大である場合は更正の請求を行うことができるが、右更正請求の期間は、法定申告期限から一年に限られており(国税通則法二三条一項)、したがって、平成二年分の所得税の納税申告に対する更正の請求の期限は、平成四年三月一五日であった。

本件更正請求は、右期限後である平成六年一二月二七日にされた。

二  争点

1  本件更正請求は請求の期間を徒過したものか否か。

(一) 本件において、国税通則法二三条二項一号が適用されるか否か。

すなわち、盗難被害に遭った者が右損失を所得の雑損控除の対象としようとする場合、その被害事実についての刑事判決は同号所定の「判決」に該当するか。

(二) 本件において、国税通則法二三条二項三号及びこれを受けた同法施行令六条一項三号が適用されるか否か。

2  仮に、本件更正請求が請求の期間内にされたものであったとして、亡好子の平成二年分の所得の雑損控除の対象となる損失の金額はいくらか。

(被告の主張)

1(一)  国税通則法二三条二項一号適用の可否について

本件被害事実についての刑事判決は、国税通則法二三条二項一号にいう「判決」には含まれないというべきであるから、本件に同号を適用することはできない。

(二)  国税通則法二三条二項三号及び国税通則法施行令六条一項三号の適用の可否について

国税通則法施行令六条一項三号の「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情」とは、法定申告期限内において帳簿書類等の押収又はこれに類するような事情、すなわち、少なくとも納税申告者を提出した者の責に帰すべきでない事情により、その手元に課税標準等及び税額等の計算の基礎となるべき帳簿書類等が存在せず、そのため、右時点において、右計算ができない場合をいうものと解するのが相当である。そして、本件被害事実についての刑事裁判が審理中であっても、税務署長は、更正の請求にかかる課税標準等又は税額等について自ら調査することができ、理由があると判断すれば更正をすることができる。したがって、本件被害事実についての刑事裁判が未確定であっても同号の「やむを得ない事情」があったということはできず、本件に同号を適用することはできない。

2  亡好子の平成二年分の所得の雑損控除額について

仮に、本件更正請求が請求の期間内にされたものであったとしても、原告らの雑損控除の対象となる損失金額の主張には誤りがある。

すなわち、所得税法七二条において控除される損失の金額は、その年における雑損控除の対象となる損失額から、保険金、損害賠償金その他これに類するものにより補填される部分の金額を除くべきであるところ、本件被害事実により具体的に発生した損失は、本件更正請求の対象となった年分においては、金二一〇〇万円であり、亡好子は、本件被害の代償として保険金などから金六三一万九二三二円を填補されたのであるから(保険金などから填補された金額は金一五〇〇万円であるが、このうち、平成二年分に対応する填補額は金六三一万九二三二円である。)、亡好子の平成二年分の損失額は金二一〇〇万円から金六三一万九二三二円を控除した金一四六八万〇七六八円であり、雑損控除額は、右金額から総所得金額等の一〇分の一の金額を控除した金八〇六万〇五四〇円である。

したがって、仮に、原告らの本件更正請求が請求の期間内にされたものであったとしても、雑損控除の対象となる損失金額は金八〇六万〇五四〇円である。

3  以上のとおり、本件においては、後発的事由による期間の特例を認めた国税通則法二三条二項一号並びに同項三号及び同法施行令六条一項三号は適用されず、同法一項一号が適用されるべきであるから、本件更正請求の提出期限は平成四年三月一五日(同月一五日が日曜日に当たるため、実際には同月一六日)であった。しかしながら、本件更正請求は、平成六年一二月二七日にされているから、右期限を徒過した請求である。

したがって、本件処分は適法である。

(原告らの反論)

1(一)  国税通則法二三条二項一号が適用されることについて

所得税法七二条は、「盗難もしくは横領による損失」を雑損控除として所得から控除することを認めているから、右盗難の事実は国税通則法二三条二項一号の「課税標準等又は税額等の基礎となる事実」に該当する。そして、右盗難の事実の有無は、刑事手続の中で判断され確定されるべきであり、課税庁は盗難の事実を認定すべきではなく、仮に、右認定をするとしても、刑事手続における認定を優先させるべきである。そうすると、本件被害事実についての刑事判決は、国税通則法二三条二項一号の「判決」に含まれると解すべきである。

したがって、本件においても国税通則法二三条二項一号を適用すべきである。

(二)  国税通則法二三条二項三号及び同法施行令六条一項三号が適用されることについて

前記のとおり、所得税法七二条の「盗難」の事実の有無は、刑事手続によって認定、確定されるべきものであるから、本件被害事実の存在も、右事実についての刑事事件において有罪判決が確定することによって認定されるべきである。したがって、右判決が確定するまで、本件被害事実は認定されるべきでない以上、亡好子は、平成二年分の所得の課税標準等又は税額等を計算することができなかった。そして、本件被害事実にかかる被告人が、刑事事件において、右被害事実を否認し、無罪を主張して争っていたことは国税通則法施行令六条一項三号の「やむを得ない理由があるとき」に当たり、同人の刑事事件の有罪判決が確定した時点で初めて右やむを得ない理由が消滅したことになる。

したがって、本件においても国税通則法二三条二項三号及び同法施行令六条一項三号を適用すべきである。

2  被告の主張2は争う。

第三当裁判所の判断

一  争点に対する判断

1  国税通則法二三条二項一号の適用の可否について

国税通則法二三条二項一号にいう「その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の基礎となった事実に関する訴えについての判決(判決と同一の効力を有する和解その他の行為を含む。)によりその事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとき」とは、申告等に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実関係について民事上紛争を生じ、判決や和解によってこれと異なる事実が明らかにされたため、申告等に係る課税標準等又は税額等が過大になった場合のことを意味している。したがって、右にいう「判決」とは、申告等に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実についての私法行為又は行政行為上の紛争を解決することを目的とする民事事件の判決を意味し、犯罪事実の存否及び範囲を確定するに過ぎない刑事事件の判決を含まないものと解するのが相当である(最高裁昭和六〇年五月一七日判決・税務訴訟資料第一四五号四六三頁参照)。

なお、原告らは、税務申告に際しての雑損控除の対象となる「盗難もしくは横領による損失」の存否は、刑事手続の中で確定されるべきである旨主張するが、刑事手続と課税手続とは別個の手続であって、課税手続上の事実認定は課税庁において行うべきものであるから、原告らの右主張は失当である。

したがって、本件に国税通則法二三条二項一号を適用することはできない。

2  国税通則法二三条二項三号及び右規定を受けた同法施行令六条一項三号の適用の可否について

(一) 国税通則法施行令六条一項三号は、法定申告期限内において、例えば、刑事事件により帳簿等が押収され、その閲覧もできなかった場合のように、納税申告書を提出した者の責めに帰すべきでない事情により、その手元に課税標準等又は税額等の計算の根拠となるべき帳簿書類等が存在せず、そのため、右時点において右計算ができず、過大な申告をしていたところ、後日になって右計算が可能となり、申告が過大であったことが判明した場合に、国税通則法二三条一項の期間経過後であっても、右計算が可能となったときから二か月以内であれば更正の請求をすることを例外的に認めたものである。

そして、本件被害事実について、被告人が刑事手続において無罪を主張していたとしても、本件被害事実を前提とした納税申告をすることができないとする理由は見出し難いから、刑事判決が未確定であることを理由として同令六条一項三号を適用することはできない。

(二) なお、原告らは、本件被害事実についての有罪判決が未確定の状態では、平成二年度に被った損失額など右被害事実の具体的内容が不明であるから、雑損控除額の計算ができず、このような状況は、更正の請求をなしえない場合と同視できるとして、本件においても同令六条一項三号を適用すべき旨主張しているようにも解されるから、この点について検討を加える。

証拠(甲一四ないし二〇)によれば、本件被害事実は、亡好子が預金通帳を盗まれ、勝手に預金を引き出されたというものであることが認められるところ、これによれば、亡好子は、銀行に対して照会するなどして預金が引き出された日時及び金額を把握することができたというべきであるから、前記国税通則法施行令六条一項三号の趣旨に照らして、本件が、やむを得ない事情により課税標準等又は税額等の計算ができないときに当たるということはできない。

さらに、原告らは、本件被害事実についての刑事告訴が受理されていない段階では、本件被害事実の存在を証明することができず、したがって、本件被害事実の存在を前提とした更正の請求自体ができないのであるから、同令六条一項三号を適用すべきであるとも主張するようであるが、右立証が困難だからといって更正の請求が不可能であるとはいい難く、原告らの右主張も理由がないというべきである。

(三) したがって、本件に国税通則法二三条二項三号及び右規定を受けた同法施行令六条一項三号を適用することはできない。

二  よって、亡好子の平成二年分の所得税の課税標準等又は税額等についての更正の請求の期限は、その法定申告期限から一年後である平成四年三月一五日であり、平成六年一二月二七日にされた本件更正申告は、その申告期間経過後にされたのであるから、本件更正請求に対して、更正すべき理由がないとした本件処分は適法というべきである。

第四結論

以上によれば、原告らの請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原敏雄 裁判官 松田典浩 裁判官 佐野信)

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